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2007年07月19日

天皇の戦争責任

マスコミ報道等では、第二次世界大戦は日本の軍部が独走し、天皇は仕方なくそれに引きづられた・・という事になっている。そのため戦争中首相であった東条英機は戦争犯罪者として処刑され、天皇は「罪を問われなかった」という事に「なっている」。


1944年7月20日、天皇の東条英機あての勅語。

「あなたは(東条は)、朕(天皇)の行う戦争において、朕の指導の下に十分職務を果たした。」・・()内部、筆者の注。

ここで天皇自身「が」主体となって戦争を行っている事、つまり軍部に引きづられて戦争が行われているのでは無い事、東条が「天皇の指導の下」にその命令通りに戦争を行って来た事を、天皇自身が証言している。

天皇は、自分の行った戦争の責任を全て東条に押し付け、東条を処刑させ、自分だけ生き延びたのである。天皇は極めて悪質な卑怯者である。

戦争中、東条は1日に3回天皇を「御機嫌うかがい」のため訪問し、政界では「ゴマすり東条」と批判されていた。東条を始めとした政界軍部が「強引に戦争を行い」、天皇がそれに引きづられる等という事は、この東条と天皇の「力関係」から見て有り得ない。天皇は東条に全責任を押し付け、自分だけ生き延びたのである。
posted by 00 at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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