書籍紹介 : テオドール・アドルノ、マックス・ホルクハイマー 「啓蒙の弁証法」 岩波書店
エドモンド・フッサール 「ヨーロッパ諸学問の危機と超越論的現象学」 中央公論社
日本の畜産農家・牛乳生産農家は深刻な経営難に直面している。営利企業である大手の農場経営者と、乳製品メーカーが、営利企業の金儲け至上主義としては、悪しき意味で「当然」である「最大利益」を求め、牛乳の大量生産・大量販売を目指して来た。「売れば売る程」利益が出る、という発想であった。
個別の企業の、この最大利益を求めるという「金儲け主義から見れば当然、合理的な」行動が、業界全体では過剰生産=過剰在庫を生み出し、大量の売れ残りを生み出した。売れなければ、価格は下落する。農家は「売っても売っても」利益が出ない=生活が出来ない、という苦境に追い込まれて行く。
牛乳は本来、子牛を育てるために母乳として出てくる。それを子牛に飲ませず、人間が商売道具として奪って来た。代わりに子牛には安価な小麦を水で溶かした物等を食餌として与えてきた。現在、こうして「子牛から奪った」牛乳は、過剰な在庫となり、過剰分は冷蔵しても腐敗を免れなくなり、最終的には脱脂粉乳の形で長期保存される結果となった。しかし粉乳となっても消費期限はあり、結局、日々、新しく生産される牛乳は大部分、脱脂粉乳とし、古くなった消費期限・限界ギリギリの脱脂粉乳が「廃棄を避けるため」水に溶かされ、添加物等で味を調え、消費者に売られる結果となる。
最大利益を求めた「個別企業の合理的行動」が、消費者に「廃棄寸前」の牛乳を毎日飲ませる、という不合理を生み出した。
しかし、それでも在庫は処分し切れなかった。余った脱脂粉乳は、再び水で溶かされ、子牛に飲ませる結果となった。最初から子牛に母乳を飲ませておけば良いのだが、「新鮮な牛乳」は脱脂粉乳として長期保存に回され、古い粉乳から処分するため、子牛には粉乳を水で溶かした物を飲ませている。
こうして脱脂粉乳を製造するために使用された電力・石油、工場設備、保管倉庫費用等の全てが「壮大なムダ」となり、消費者は、その全ての費用を「上乗せ」された、廃棄寸前の古い牛乳を飲む結果になり、畜産農家は、倒産寸前の経営を強いられる。
大手農場が利益拡大のため牛乳の量産体制を作る事も、そのために銀行から多額の設備投資資金を借金する事も、乳製品メーカーが在庫をムダにしないため脱脂粉乳化し保存する事も、個々の行動は「全て、金儲け主義の観点からは」合理的で、経済原則に「適って」いる。この個別の合理主義を「積み上げて行くと」、システム全体では、凄まじい不合理が発生する。
合理主義を徹底的に押し詰めてゆくと、不合理に転換する。
近代初頭、合理主義を唱導した啓蒙主義哲学の行き着く先が、極めて不合理な社会システムになると言う、この事を、哲学者アドルノ、ホルクハイマーは「啓蒙の弁証法」と呼んだ。
アドルノ、ホルクハイマーの哲学は、ナチス・ドイツの政治体制が徹底した合理主義哲学と科学主義によって生み出された事を、研究テーマの「底に潜ませている」。
哲学者エドモンド・フッサールも「ヨーロッパ諸学問の危機と超越論的現象学」において、個別に専門化した学問の「個々の合理的な研究」が、「全体として社会の役に立たない大学」というシステムを作り出し、そこでの教育の集積がナチス・ドイツを生み出して行く様を分析して行く。
1万円札、1枚、1枚は、それによって多種の商品が購入でき、また金融システムの1つ1つは、住宅ローンのように、貯金が無くてもローンで住宅が購入できる合理的で利便性のあるシステムである。それが全体として膨大な紙幣の集団となって動き始め、流動し始めると、株式バブル、バブル崩壊、恐慌、世界戦争という壮大な非合理を生み出す。
A、Bという2つの記号によって生み出される記号の組み合わせは、単独のA、B、そしてABの3つである。しかし1語増加させ、A、B、Cとなると、組み合わせはA、B、C、AB、AC、BC、ABCの6つになる。1語の増加が、3語の増加を生む。さらに語数が増加すれば、この組み合わせの増加率も飛躍的に大きくなる。言語・記号は、無限増殖性を、その本質としている。
通貨も記号である。通貨の本質は無限増殖性であり、バブルである。
通貨の本質は、バブルと、バブル崩壊、恐慌、それに続く世界大戦である。
通貨の本質は人類絶滅である。
アドルノ、ホルクハイマーが「大学という象牙の搭の住人故に、観念的にしか語る事が出来ず」哲学の問題として語った、個別の合理主義が、全体としての壮大な不合理を生み出す近代合理主義の欠陥=「啓蒙の弁証法」の正体は、個別の積み上げが全体として「通貨の無限増殖」となり、恐慌と戦争に行き着く、通貨と言う物の「暴力システム」であった。
2008年、ドル体制の崩壊に対して、どのような新しい通貨システムを構築しても、この通貨の本質は変化しない。数十年後には、人類は再び、恐慌と世界大戦の危機に直面する。
無限増殖を本質とする通貨に、無限消滅する「キラー遺伝子」を組み込み、通貨を消費期限付きとし、発行されて後、次第に減価し、一定期間後、紙クズ化するように「最初から設計する」。所持していると減価するので、通貨は即座に投資と消費に回り、ストック化が阻止される。商品・物質は無限ではないため、通貨は常に商品と交換される過程に置かれ、「物質に根差す」事を強要される結果、実体経済からの遊離=無限増殖が阻止され、しかも最終的には増殖せず、消滅する。
ケインズ主義政策=国が借金し公共事業で景気刺激を行う事が不可能になった時代、この減価紙幣によって消費と投資は高速回転を強要され、退蔵紙幣は市場に現れ、猛烈な消費・投資を開始する。ケインズ政策に代わる、新しい景気回復政策であり、恐慌・戦争回避政策である。
*・・・参考文献、シルビオ・ゲゼル 「自由地と自由貨幣による自然的経済秩序」 ぱる出版