1984年、イスラエルの国会議員に当選した政治家メイア・カハネは、その後国防大臣としてイスラエルのパレスチナ問題の戦争当事者となる。
イスラエルの歴史上、最も強硬な軍人として、現在もカハネ主義と呼ばれる極右のテロリストを多数生み出しているカハネは、イスラエル建国時から建国を中核で担ったイルグン等のテロ組織を代表する英雄的政治家であった。
イスラエルは、アラブ人の住むバレスチナの
土地を銃で脅して奪い建国された。逆らうアラブ人は容赦なく射殺された。この土地略奪とアラブ人殺害を実行したのがテロ組織イルグンであった。土地略奪に激怒したアラブ人が抵抗組織を作ると、イルグンはその組織のメンバーを次々と殺害するテロを実行していった。
イスラエルにとって、イルグンとその名指揮官カハネは建国の英雄であっても、アラブにとっては、先祖代々住んできた家と生活の糧の畑を奪い、家族を殺害し、それに抗議すると殺害しにやって来る悪魔のような存在であった。
1932年、米国ニューヨーク、ブルックリンで生まれたカハネは、青年時代、暴力に明け暮れていた。黒人がユダヤ人に対し暴言を吐いた等という噂を聞くと、
それが事実であるかどうかの確認なく、カハネは仲間と共に現場に車で乗り付け、偶然付近を歩いていた通行人の黒人を手当たり次第にバットで殴り倒していた。偶然道を歩いていて、カハネの眼に止まった黒人が
子供や老人、女性であっても、黒人が意識不明になるまでカハネの暴力は止まらなかった。
60年代、米国では公民権運動が盛んになる。それまで選挙権を持たなかった黒人に、「選挙権を与えよ」という運動であった。この運動を何とかして壊滅させようとしたFBIは、黒人嫌いのカハネに注目する。
カハネはJDLユダヤ防衛連盟という組織を結成し、選挙権を求める黒人のデモ行進に車で突入し、ギャング団を結成し黒人を集団で襲撃する等の活動を繰り返した。黒人に選挙権を与えない事、車で黒人のデモ行進に突入し黒人に重症を負わせる事が、どのように 「ユダヤ人の人権を擁護」する事につながるのか、JDLのメンバーは誰も説明が出来なかったが、カハネの生活はFBIから支給される「給与」で豊かになった。カハネのギャング団には、ブッシュ大統領一族の経営するリーマン
銀行(当時はクーン・ローブ銀行)から、多額の
資金援助が行われていた。
1969年12月、マンハッタン5番街にあるカハネの事務所に、サミュエル・パープルという人物が訪ねて来た。2007年現在のブッシュ政権を、事実上運営するチェイニー副大統領を「指導」する事になる、パープル・ギャングのボスであった。
後にパトリオット迎撃ミサイルの原型を作る「ミスター・ミサイル」、リチャード・
パールは、当時ソ連(ロシア)国内のユダヤ人をイスラエルに亡命させる、「ジャクソン・バーニック修正法」を国会で作ろうとしていた。
パールの活動資金を出していた、武器密輸商マーク・リッチの実働部隊として、麻薬と武器の密輸を担っていたのがパープルであった。
カハネを訪問したパープルは、「ソ連のユダヤ人をイスラエルに亡命させよう」という大衆運動、デモの組織や街宣車による演説の「仕事」を、カハネに依頼に来たのだった。
これはカハネにとって、黒人を襲撃する事とは別の「2つ目の大きな仕事」となる。
後日パープルと共にカハネは、ワシントンのジャクソン上院議員の事務所を訪ね、そこでリチャード・パール、米軍直属で武器を密輸する
マックス・フィッシャー、そして後にイスラエルの首相になるイツハク・シャミルに会う。
シャミルは、テロ組織イルグンの創立初期の指揮官であり、65年までは世界最強の諜報組織モサドの作戦部長であり、イルグンよりもさらに過激なテロ組織スターン団を結成していた。
パールは、後にブッシュ政権でイラク戦争開始を決定する国防政策会議議長となる。
話し合いの結果、ソ連に居るユダヤ人をイスラエルに亡命させる法律作りと議会工作はパールが担当、デモ等の大衆運動の組織化はカハネが担当、カハネのデモ等に妨害が入った場合には、サミュエル・パープルのパープル・ギャングが武装し、暴力を持って妨害を排除する。
ギャングの使用する武器は、武器密輸商フィッシャーが用意。資金はパープルのボス、マーク・リッチが捻出。ソ連からの亡命をソ連当局が妨害した場合には、シャミルのテロ組織スターン団とイルグンが戦闘を行う。シャミルが、妨害するソ連の政治家、警察関係者をテロで殺害する。ソ連脱出用の航空機と武器はフィッシャーが準備、ソ連国内の情報収集はモサドが担当する事になった。
こうして「ジャクソン・バーニック修正法」の実働部隊が結成される。
この法律は米国のマフィア組織にとって大きな意味があった。
当時、米国マフィアの中でも最強の「殺人
株式会社」という、金銭で殺人を請負う組織が全米のマフィアを「統一」し終わり、「NCS全米犯罪シンジケート」という組織が結成されていた。
このシンジケートは、銃と麻薬の密売という「裏の仕事」から、ニューヨークのスターリング・ナショナル銀行の経営のような「表の世界の仕事」に乗り出していた。
さらにこの「殺人株式会社」は、全米を統一し終わり海外に活動を拡大させようとしていた。米国にとって未開拓の市場であるソ連(ロシア)を、麻薬、兵器の密輸という形で新たに開拓する目的がマフィアにはあった。
ソ連には「赤い貴族」と呼ばれる富裕層のユダヤ人が多数居た。官僚や政治家である「赤い貴族」は、武器の横流し、麻薬売買で不正資金を蓄えていた。この法律によって、その不正資金をイスラエルに持ち出させ、イスラエルに蓄積させる目的がマフィアにはあった。
そして、米国でこの「殺人株式会社」が長年蓄積してきた富を無税のイスラエルに持ち出し、イスラエルにおいて「赤い貴族」の資金と、米国マフィアの資金 を「合併」させる目的があった。
税金を逃れたい世界中の資産家の資金と、出所の怪しい不正資金をイスラエルに集め、イスラエルを世界の
金融コントロール・センターにする目的がこの法律にはあった。
建国間もないイスラエルでは、建設、金融、造船、自動車、機械、軍事、航空、食糧、化学等のあらゆる産業は、アイゼンベルグ社が創立し、事業が軌道に乗ると民間に払い下げるという形で産業復興が行われていた。
イスラエルの全産業は、事実上アイゼンベルグ社の子会社であった。このイスラエル国家そのものであるアイゼンベルグ社、建国の原動力であるアイゼンベルグ社を優遇し、アイゼンベルグの全活動を無税にするという、「アイゼンベルグ法」という法律がイスラエルにはあった。アイゼンベルグにだけ適用される、アイゼンベルグのためだけの法律であった。世界中の富裕層がイスラエルの「無税」を利用し、イスラエルに資金を持ち込むという事は、このアイゼンベルグの金融機関あるいは
ビジネスに資金を
投資する事を、事実上意味した。
このアイゼンベルグ社は、「殺人株式会社」の軍事部門として創立されていた。こうして世界中の富裕層の富と不正資金が、「殺人株式会社」の手中に収まる事になった。
アイゼンベルグに集まった、世界中の富裕層の富と不正資金は「投資」され、利益を上げ、当然高い配当金を支払わなくてはならない。最も高い配当金を生み出すのは、他人の財産を「盗む」略奪ビジネスである。米国の西部開拓、鉄道事業がインディオの土地の略奪による、高配当の投資ビジネスであったように、
アラブ人の土地を略奪し「無料」で入手し、再開発し、高額な住宅、商業地として売り抜ける。
アイゼンベルグ社のこの金融ビジネスが、ガザ西岸へのイスラエルの軍事侵攻、レバノンへの軍事侵攻、土地略奪となって現れる。
パレスチナ問題とは、「殺人株式会社」の投資ビジネス問題であった。
ジャクソン・バーニック修正法によって、絶え間なくイスラエルに流入する人口に、仕事と住宅を与える必要が出てくる。それは他国への軍事侵攻の軍人という職業による雇用創出、略奪した土地の再開発=建設工事による雇用創出、そして住宅創出によって満たされる。それは世界中から集まる投資資金への高配当も 生み出す。
「無料」でアラブ人から略奪した土地を、高額で民間や政府に販売するのだから「高配当」は当然である。そしてアラブからの軍隊による略奪には、 カハネのようなギャングが国家中枢の国防大臣になる事が「どうしても」必要になる。
ギャング国家の「出現」である。
現在も延々と続く土地略奪と、そこに住むアラブ人の殺害・・パレスチナ戦争を生み出す結果になったジャクソン・バーニック修正法は、ギャングが作った。
パレスチナ戦争は「誰もが求める高配当の」投資活動である。戦争はビジネスであり、人殺しは最も高い配当を生み出すビジネスである。
ビジネスマンは誰でも最も高い利益を求め、最も高い利益を出したビジネスマンが「優秀」とされ、「尊敬と賞賛」を手に入れる。略奪と殺人、最も高い利益を生み出すこのビジネスこそが、最も「優秀」とされ「尊敬と賞賛」を手に入れなくては「ならない」。
米国を「指揮」するイスラエル。そのイスラエルを「指揮」する「殺人株式会社」。この「殺人株式会社」が世界を支配する最も優秀な企業である。