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2006年12月26日

日本に軍隊を作ったのは誰か?

 第二次世界大戦後、敗戦国の日本の支配者として日本に降り立った米軍ダグラス・マッカーサー。その戦略は徹底的に日本の経済を破壊し、日本を二度と軍隊を持てないような経済的弱者にする事にあった。
 しかし中国大陸で共産主義革命の気運が高まると、米軍内部には「日本に米軍を常駐させ、日本にも軍隊を持たせ、中国等の共産主義に対する防波堤として日本を利用すべきだ」という意見が強くなり、マッカーサーと激しい意見対立が
起こり始める。
 日本再軍備の主張をする中心人物は、ジェームズ・フォレスタル国務長官、
ウィリアム・ドレーパー陸軍次官、ポール・ニッツ国務省貿易局次長の3人だった。
 彼等とマッカーサーは激しく主導権争いをし、対朝鮮政策を巡り遂にマッカーサーは解任される。これで日本の再軍備と米軍の日本常駐は決定的になる。
 さらにアメリカ対日評議会ACJと呼ばれる組織が作られ、マスコミを通じアメリカの文化を宣伝し、日本人が米国を「理想の国」と考えるように宣伝工作部門(心理戦争部門)が作られ、ジェームズ・カウフマンという人物が組織の中心に座る事になる。
 この米軍常駐と日本の再軍備を決定したフォレスタル国務長官は、銀行ディロン・リードの社長だった。
 ドレーパー陸軍次官はディロンの副社長。ニッツ貿易局次長はディロンの敏腕営業マン。ACJのカウフマンはディロンの顧問弁護士。
日本の再軍備と米軍常駐は全て、このディロン一社が独断で決めていた。
 さらにドレーパーは、デトロイトの銀行家で友人でもあるジョゼフ・ドッジを日本に呼び、米軍上級顧問とし、三菱重工等の軍事産業を日本で育成していく重化学工業中心の経済政策を作らせる。これが日本の戦後を決定付けた経済政策ドッジ・ラインである(ドッジはブッシュの麻薬専売会社ラッセル社の共同
創立者の末裔である)。

 こうして「共産主義中国等に対抗するため」日本に米国製武器の大量販売を始めたディロン。しかし既報のように、戦後一貫して共産主義中国の軍備増強を推進し、中国に大量の武器輸出を行ってきたのは米国である。
 現在では、米国は中国への武器輸出を「完全自由化」しているが、その政策を推進し中国にミサイル技術を売ってきたのはウィリアム・ペリー(クリントンの国防長官)という人物だった。ペリーはディロンの社長会長を歴任してきた人物
である。

 「共産主義中国の軍備増強は怖いから日本は再軍備し米軍を常駐させよ」と決定したディロン。一方で共産主義中国の軍備増強を行い、さらには中国にミサイル技術を売り、アジアのミサイル危機を作り出したディロン。そして今、ディロンが「演出」したアジア・ミサイル危機に対して、日本にパトリオット迎撃ミサ イルを売り込んでいるウィリアム・ペリーは、ディロンの人間である。

 アジアの「紛争」はディロン社の自作自演である。

 このディロンの親会社がカーライル社。軍事産業専門の投資ファンド。「戦争をやればやる程儲かる」会社であり、その経営者がブッシュ大統領一族。

 9・11テロに際しては、ウサマ・ビン・ラディンがブッシュのカーライル社に多額の投資を行い、9・11に続く戦争でカーライルは莫大な利益を得、多額の配当金をウサマに支払い、同時にカーライルはブッシュに多額の報酬を支払っている。
カーライルにおいてブッシュとビン・ラディンは、一致協力して戦争を拡大させている。

 第二次大戦中、ディロンの社長クラレンス・ディロンとブッシュ大統領の曽祖父サム・ブッシュは、ドイツで協力し合い「ドイツ鉄鋼トラスト」を創立したビジネスパートナーであった。「ドイツ鉄鋼トラスト」は、アドルフ・ヒトラーの戦車、戦闘機、ジープ、銃、弾丸を製造するため、ドイツの鉄鋼業界を一丸にまとめ、挙国一致体制の中心になった企業だった。
 敵国ドイツの軍備を増強させ、戦争を激化させる。それがブッシュとディロンがドイツで行った事だった。
 もちろんナチス・ドイツを打倒するため米国も軍備増強を行った。その中心がロバート・ラベット国務次官であり、ラベットはブッシュのハリマン銀行の経営者だった。この時米軍に武器を納入したリットン・インダストリー社は、もちろんラベット本人が経営する軍事産業だった。

 戦争する米国とドイツ両者に武器を販売して、戦争を激化させたブッシュとディロン。現在は日本と中国両者に武器を売り、アジアの「戦争」を激化させようとしている。

 1960年、日本に米軍を常駐させる日米安保条約が延長され、新安保条約が締結されるが、その時の米国代表がクリスチャン・ハーター国務長官、ダグラス・ ディロン国務次官。再びディロンが全実務を仕切っていた。
 この時同時に、この2人によって米国通商代表USTR(当初はSTR)が創立され、日米貿易経済合同委員会が作られる。ここで毎年、日本に対する「年次改革要望書」が作成される事になる。
「郵便局を民営化しなさい」「金融自由化をしなさい」「農産物の輸入を自由化しなさい」「高速道路は〜km作りなさい」「公共事業は〜兆円やりなさい」
「消費税を〜%にしなさい」・・日本政府は、この年次改革要望書の「通り」に毎年政策を実行している。

 ハーター国務長官は、USTR担当者としてウィリアム・マトソン・ロスという人物を任命する。
 アメリカ西海岸最大の輸送会社マトソン汽船の経営者で、かつてハワイを植民地支配した「海賊」の一族である。
 現在は米国からニュージーランド、オーストラリア、ハワイ等への貨物旅客輸送の最大手企業であり、ハワイのワイキキのロイヤルハワイアンホテル、ハワイの航空、豪華客船、観光、石油業界までを支配する、文字通りハワイ一位の
大富豪である。
 ロスの妻ジェーン・オズボーンと共に、この一族は黒船ペリーの一族であり、黒船の航路の島々を次々と支配下に置き、現在に至ってハワイの大富豪、米国西海岸最大の輸送会社マトソンが形成された。
 この一族がUSTRを通じて現在の日本の経済政策、アジアの「通商問題」を「決定する」事になる。アジア・ミサイル危機の「演出者」、ミサイルの売人ウィリアム・ペリーもこの一族である。
posted by Sirius at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記