1910年代、ロシア帝国ロマノフ王朝、最後の皇帝となるニコライ2世は、連夜夕食後、皇帝お抱えのデザート職人の作ったデザートを食べながら、逼迫するロシアの財政赤字について、皇帝の財務相談役ルービンシュタインと相談を繰り返していた。ルービンシュタインは帝国ロシア最大のバンカー(銀行家)であり、ニコライ2世が最も信頼する経済担当者だった。
1907年の日露戦争で日本に敗北して以降、ロシア帝国の威信は完全に崩壊し財政赤字も極度に悪化していた。日露戦争における日本の戦争費用は、
銀行クーン・ローブ(現在のリーマン・ブラザース)がロシア帝国解体の目的で日本に貸付けたものだった。
クーン・ローブ(ベネチアのデル・バンコ)の経営者ポール・ウォーバーグは1913年、米国の中央銀行FRBを創立し、米国の市場とりわけ金融市場の「統一」に乗り出していた。
米国の統一を目指す一方で
ヨーロッパにおいて、クーン・ローブは日本との戦争でロシア帝国を破壊させ、ロシアの「市場開放」、ヨーロッパ市場の「統一」 をも目指していた。日本はそのリーマン・ブラザースの「あやつり人形」だった。
90年後、クーン・ローブ(リーマン・ブラザース)は、子会社であるライブドアの堀江元社長を使い日本の金融市場の「開放」、アジア市場「統一」を目指す。
歴史を一貫してリーマンの目指しているものが経済における「世界市場」の統一、金融の「自由化」、その後の政治における「世界統一政府」の実現である。
(もちろんイスラエルがその中心である)。
米国の南北戦争で北軍に軍服等の軍需製品を販売し財を成したリーマンは、敵の南部から軍服等の原料となる綿花が入手出来ず、高価な欧州産の製品の輸入を強いられ、その費用に困窮し、ブッシュ一族のハリマン銀行から
融資を受け、
倒産を免れていた。リーマンは事実上ブッシュ一族のファミリー企業だった。
1917年、ロシア革命が起こると革命家レーニンとトロツキーはクーン・ローブから莫大な
資金を与えられ、クーン・ローブのチャーターしてくれた特別列車で亡命先からロシアへと帰国し、革命を「指導」する。
ロシア帝国は東からは日本、西側からはレーニンの革命軍により攻撃され崩壊する。しかし日本もレーニンも資金源はブッシュのリーマン銀行だった。
レーニンは革命後、リーマンへの謝礼としてロシアの「市場開放」、ネップ経済を実施する。
ニコライ2世は処刑され、ロマノフ王朝の
貴金属、美術品は美術商アーマンド・
ハマーによって西側に売却され、新生ソビエト連邦の活動資金となる。
レーニンはアーマンド・ハマーに感謝し、ソビエトの国旗を海賊の船長の片腕に、しばしば見られる鉤フックの付いた「腕」と「ハンマー」の印にした。
「アーム・アンド・ハンマー」つまり「アーマンド・ハマー」である。
ハマーは米国オクシデンタル石油の経営者であり、現在紛争の絶えないアゼルバイジャンのバクー油田(旧ソ連最大規模)の経営権を入手する。
リーマン= ブッシュ一族はソ連(ポーランド)のシレジア地方の錫鉱山、ソ連全体のマンガン鉱山の開発権を全面的に独占する。
米国と激しく対立したはずの「冷戦」の代表的政治家、ソ連のフルシチョフは「最も信頼出来る人間はエイブリル・ハリマン」と語っている。ブッシュ一族の経営するハリマン銀行の会長エイブリル・ハリマンである。
革命後、西側に逃亡したニコライ2世お抱えのデザート職人モロゾフは、親類を頼りそのチョコレート製造販売業の経営に参画し、後に高級ブランドのデザートチョコレート・チェーン店モロゾフの世界展開に貢献する。
また米国へ亡命したロシア帝国最大の銀行家ルービンシュタインは、ソ連の内情に詳しい事を利用し、ソ連
投資に強い銀行ノーザン・トラストを創業する。
ノーザン・トラストは、後に「乗っ取りファンド」とも呼べる銀行ゴールドマン・サックスに吸収され、ルービンシュタインの息子はゴールドマン・サックスに就職、銀行家としての才能を開花させ、後にゴールドマン・サックス会長となる。
息子は名前を米国風にルービンシュタインからルービンに改名し、クリントン大統領の財務長官ロバート・ルービンとなる。
財務長官を退任した後に、ロバートはブッシュのシティバンクの日本支部責任者に抜擢され、出身母体のゴールドマン・サックスとシティバンクの連合体を結成、日本の長期信用銀行を解体して「乗っ取り」、新生銀行を創業する。
そしてアーマンド・ハマーの経営するオクシデンタル石油の副社長の席には歴代、親子のアルバート・ゴアが座って来た。
ハマーの盟友ハリマン、その夫人パメラ・ハリマンは、米国民主党の大御所としてクリントンの大統領選挙の参謀として、また選挙資金責任者として敏腕を振るった。この構造は次期大統領候補ヒラリーについても変わらない。
ブッシュのハリマン、クリントン政権の副大統領アル・ゴア、財務長官ルービン、そしてアーマンド・ハマー、さらに
ヘンリー・キッシンジャー、後にチャード・パールが加わり、「敵国ソ連」との密亡命マフィア「ザ・トラスト」がここに結成される。
密輸品の最大収益源であるソ連の
ダイヤモンド(大部分が小粒ダイヤ)の行き先は、小粒ダイヤモンド加工を独占するイスラエルであった。
大統領選挙で「対立して見せた」ブッシュも、アル・ゴアも同じ密輸マフィアのファミリーであった。父子ブッシュ大統領、クリントン政権の合計20年は、このソ連・イスラエル密貿易を行ってきた「ザ・トラスト」の密貿易マフィア政権であった。
ここから姿を現したリチャード・パールは、有色人種絶滅を叫ぶイスラエルのエルサレム・ポスト経営者となり、ブッシュの国防政策会議議長としてイラク戦争を策定してゆく。