1991年は、共産主義国・ソ連(ロシア)が崩壊し、米国の一極集中支配が世界で開始された年になる。91年に米国はイラクと湾岸戦争を起こし、その圧倒的な軍事力の強さを世界に見せ付けた。
これで米国「だけが」世界の覇者である事が実証された。父ブッシュ大統領の時代である。
そのブッシュの時代が、まもなく終わろうとしている。米国だけが世界の覇者である時代の終わりである。
91年には、もう一つ、大きな出来事があった。世界の
メディア王ロバート・マックスウェルの「怪死」であった。
現在ではメディア王と言えば、オーストラリアのルパート・マードックであるが、70〜90年まで20年以上に渡り、世界のメディア王と言えばマックスウェルであった。
マックスウェルは、新聞デイリー・ミラーの経営から、ヨーロッパのどの地域でもどの言語でも読める雑誌ジ・ヨーロピアンの発行、世界最大の翻訳出版社シュプリンガーフェアラーク社の経営まで、文字通りメディア王として世界に君臨した。そしてヨーロッパの統一EUをメディア面で先取りしていた。
そのメディア王マックスウェルの死には、不可解な部分が多くあった。
マックスウェルは、自己の所有物であるクルーザー=レディ・ギレーヌ号から「転落し海で溺死」した、という事になっていたが、1.5mものクルーザーの手すりを超えて「滑って海中に転落する」というのは、通常、有り得ない事であった。マックスウェルはクルーザーの上で、走り高跳びの練習でもしていたと言うのだろうか?あるいは誰かに、力づくで海に突き落とされたのだろうか?
そして溺死であるにも関わらず、マックスウェルの肺からは海水が一滴も出てこなかった。つまり溺死ではなく、絞殺だった。しかし「溺死した」海域を担当する英国とスペインの警察は「溺死・事故死」で片付けた。検死の結果を無視したのだ。と言うより、「犯人が怖くて、警察は殺人を見て見ぬフリをした」のである。
いったいマックスウェルを殺害したのは誰だったのか?
マックスウェルは、イスラエルによって国葬にされた。イスラエル国家のために「大きく貢献した」という事であった。
ルーマニア出身のマックスウェルは、かつて共産主義の思想を信奉していたフシがあり、共産主義ルーマニア国家の大統領チャウシェスク、ソ連のフルシチョフ、ブレジネフ、ゴルバチョフと言った歴代首脳との親交があった。ゴルバチョフの夫人で、後にイスラエルに全財産を持ち込み孤児院の経営を始めるライサの伝記の出版をマックスウェルは企画していた。
マックスウェルの、このイスラエルとソ連を結ぶラインには、核兵器があった。
マックスウェルのメディア王としての出発点は、科学雑誌・書籍の出版事業であり、その科学雑誌は特に原子力発電と核兵器の詳細な解説で定評があった。そして、次から次へとメディア企業を乗っ取って行くマックスウェルの最大の資金源は、世界の核兵器産業と原発産業、ウランの供給を独裁的に支配するロス
チャイルド一族と、SGBソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジックであった(注1)。
マックスウェルのメディア事業は、核兵器の売人から
資金提供を受けた核兵器の「有効性」の宣伝であった、と言う事になる。
マックスウェルが「溺死」した時に乗っていたクルーザーは、マックスウェルの親友で世界最大の武器密輸商人アドナン・カショギの名義の物であった。カショギの親友であり
ビジネス・パートナーが、後にイスラエルの首相となるモサドとイスラエル軍の軍人アリエル・シャロンであった。
そして、メディア王マックスウェルの経営する語学学校ベルリッツのロシア語、ポーランド語等の教員には多数のロシア軍人、ポーランド軍人が居た。彼等、語学教師達は
スーツケースの中に核兵器・原発のパーツのカタログを入れて世界各国を飛び回っていた。
表向きのメディア王の仕事とは別に、マックスウェルはイスラエルの軍人シャロン、国際的武器密輸商人カショギと協力しての、核の密売人の仕事を行っていた。
マックスウェルの「正確無比な核技術についての雑誌」は、その広範囲な核兵器業界との密売
ネットワークからの情報に依存していた。西欧諸国にとっての「敵国」ソ連と、国際的に孤立していたイスラエルを行き来していたマックスウェルの語学学校の「セールスマン達」は、ロスチャイルドの「手先」としてイスラエル、ソ連の「核武装・核兵器大量生産」を実現するためのアングラ商人・核密売人であった。
ロスチャイルドとSGBソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジックが、マックスウェルに報酬として多額の資金提供を「行うはずである」。
マックスウェルのメディア帝国は、実態としては、イスラエルとロシアを結ぶロシアン・マフィアと、ロスチャイルドの核兵器密売帝国であった。
しかし、ソ連の崩壊と同時に、マックスウェルは最大顧客を失った。そしてソ連圏、イスラエルの核兵器市場に、米国を拠点にしたレイセオン社を中心とした「ネオコン派」が猛烈な「売り込み攻勢」を開始した。レイセオンの経営者が現在のチェイニー副大統領であり、チェイニーがマネージャーを勤めるのがブッシュ政権であった。
ソ連が崩壊し、米国が世界を一極集中支配する時代が到来し、マックスウェルはブッシュに追い詰められて行った。
ロスチャイルド資金によって、世界各地のメディアを買収してきたマックスウェルは、米国の新手の乗っ取り屋KKR(コールバーク・クラビス・ロバーツ)に激しく攻撃を受け、企業買収で先を越され始めていた。このKKRの正体こそ、ブッシュ一族の
銀行リーマン・ブラザースであった。
ブッシュとネオコン派のリーマン・ブラザース=KKRに追い詰められたマックスウェルは、ついに資金繰りに困り、ボスのロスチャイルドと、その銀行ゴールドマンサックスにも出資を断られる。
ロスチャイルドは「一時撤退」を決定したのだ。
しかし、ロスチャイルドは資金を引き上げれば済むが、マックスウェルは、それでは
倒産する。当然、ロスチャイルドとマックスウェルは激しく論争し、対立したであろう。資金提供を拒めば、これまでの共産圏とイスラエルへのロスチャイルドの核兵器販売を暴露すると、マックスウェルはロスチャイルドを脅迫したかも知れない。
ゴールドマンサックスが、縁切りをマックスウェルに「告知した直後」、マックスウェルは1.5mの手すりを「走り高跳びし」、肺の中に海水が一滴も「無い」溺死死体となって発見された。
マックスウェルの事故死・溺死は、ロスチャイルドによる他殺であった。英国・スペインの警察が「恐怖に駆られ逃げ出すはずである」。
ソ連と米国が激しく対立した冷戦時代は、核兵器の開発競争、つまり米国とソ連がロスチャイルドから核物質を「購入競争」する時代であった。ソ連の崩壊で核の大量販売時代が終わったのだ。マックスウェルの死は、そのクロージングベルであった。
その後は原発ではなく、石油屋ブッシュ親子2代による米国一極支配の時代が、長らく続いた。
その間、ロスチャイルドは密かに原発・核兵器大量販売を目算に入れ、
中国市場を支配下に置き、次世代の準備を行って来た。
そしてサブプライム問題でネオコン系のリーマン・ブラザース等の経営がガタガタになると同時に、中国の原発・核兵器市場を独占支配下に置いたロスチャイルド=ゴールドマンサックスが、
アジア金融の覇者として名乗りを上げた。
相変わらずロスチャイルドは表には出ず、マックスウェルに代わって、ロスチャイルド=ゴールドマンサックスの「部下」として姿を現したのがジェイ・ロックフェラーであった。
※注1・・ロスチャイルド、SGBソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジックが最も歴史の古い核物質ウランの生産大国コンゴで行って来た犯罪行為については、拙稿「今後、中国を支配する者達の正体」を参照。